令和5年度 第5回研修報告 図書館における「読書バリアフリー」の推進に向けて
2024年4月18日 10時43分
実施日 |
令和5年12月8日(金)14時~16時 |
会 場 |
オンライン開催(Zoom) |
講 師 |
野口武悟氏(専修大学文学部教授) |
参加者 |
34名 |
1.研修概要
(1) 近年の法整備の状況
〇2016年4月 障害者差別解消法 施行
すべての公立図書館において、合理的配慮の提供が義務付けられた。また、その的確な提供に向けた、環境整備も努めていくこととなった。
・ 合理的配慮は、障害者一人ひとりの意思の表明が出発点となる。図書館はそれにもとづく変更調整を行う。職員体制や費用の負担が大きすぎる場合においては対応できないこともあり得る。
・ 合理的配慮の的確な提供のためには環境整備が重要である。環境整備を計画的・継続的に続けていくことで対応できる幅が広がっていく。
〇2016年11月 文部科学省「学校図書館ガイドライン」通知
学校図書館支援へのニーズは高まっているが、学校図書館は予算規模が小さいことが多い。公立図書館は学校図書館支援の文脈で読書バリアフリー推進のための取り組みを進めていく必要がある。
○2019年1月 マラケシュ条約発効
加盟国同士あれば、アクセシブルな資料のうち著作権法の権利制限規定に基づいて作成された資料(DAISYなど)を国際交換できるようになった。
・ 「Authorized Entity」(認証された機関。著作権法37条3項でDAISY等の作成が可能な機関は全て該当)を通して交換可能。日本では国立国会図書館が窓口業務を担っている。
・ 外国のアクセシブルな資料を確保できるという点で、特に視覚障害者等の学生が学ぶ大学の大学図書館等でメリットがあるのではないか。
○2019年1月 著作権法改正
すべての学校・公共・大学図書館等において視覚障害者等のための音声化・電子化等の複製と公衆送信が著作権者に無許諾で可能となった。
・ 複製は以前から可能であったが、公衆送信ができるようになり、該当者により直接的な提供ができるようになった。
・ 日本図書館協会等が作成した「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」が参考になる。
・ 「視覚障害者等」は、視覚による表現の認識が困難な人すべてが対象となる。“視覚障害”のある人だけではなく、肢体不自由や発達障害などで視覚による表現の認識が困難な場合も含まれる。障害者手帳の有無は問わない。
○2019年6月 読書バリアフリー法施行
○2020年7月 国の「読書バリアフリー基本計画」策定
○2022年5月 障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」制定
○2023年3月 国の「第五次子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」策定
○2024年度~ 改正障害者差別解消法施行により事業者(私立大学図書館等)においても「合理的配慮」の提供が義務化
(2) 読書バリアフリー法と基本計画の概要
○ポイント
①対象者は視覚障害者等。(視覚障害者に限定されない)
②「買う」から「借りる」まで、出版界と図書館を想定した施策。
③国と地方公共団体に計画策定を求める。
・ 国は第2次計画の策定に2024年度から着手する段階。
・ 読書バリアフリー計画の策定はいくつかのパターンがある(単独計画/既存の読書推進計画の中に反映させる/地域の福祉計画の中に反映させる等)
・ 計画の検討は行政内部だけで行わず、当事者を委員に含めてほしい。
④アクセシブルな電子書籍への注目
・ 「電子書籍」(民間事業者の契約による電子書籍サービス)と「特定電子書籍」(DAISYなど)は分けて考える必要がある。「電子書籍」の方は読み上げや拡大表示の対応がないコンテンツもあるが、すべてがそうなっているわけではない。
・ 2023年7月に国立国会図書館が「電子図書館のアクセシビリティ対応ガイドライン1.0」を公表している。どういった要件を満たせばアクセシブルと言えるのかがわかりやすくまとまっている。活用してほしい。
・ 「電子書籍」と「特定電子書籍」はどちらかだけでなく、将来的には両方整備することが望ましい。
・ 「特定電子書籍」は国立国会図書館の「視覚障害者等用データ送信サービス」により無料で利用できる。各図書館は送信承認館になることで、他館が作成し国会図書館で収集しているものを提供することができるようになる。このしくみを活用することにより、自館でDAISY等を作成できない場合でも、DAISY等を提供できるようになる。類似のしくみとして、全国視覚障害者情報提供施設協会の「サピエ図書館」や、国立情報学研究所の「読書バリアフリー資料メタデータ共有システム」がある。
⑤関係者相互の「連携」の重視
非常に重要。図書館以外の組織(ボランティア団体、民間事業者、医療機関など)と連携することで可能性が広がっていく。
○障害者の状況とニーズ
・ 障害者は人口の7.4%存在していると言われているが、実際はもっと多いはず。高齢者も読みづらさを抱えていることが多い。全市民の2~3割くらいは存在していると捉えた方がよい。
○認知症の方に向けて
・ 日本認知症官民協議会が「認知症バリアフリー社会実現のための手引き - 図書館編」を策定し、同協議会のサイト上で公開している。
○子どもや大学生の状況
・ 2012年と2022年で比較すると、特別支援教育を受けている人数は約2倍に増えている。特に、小中学校で特別支援教育を受けている子どもは非常に多い(全児童生徒の6.5%)。学校現場には、潜在的ニーズのある児童生徒が多く存在していることもわかってきている。学校図書館の読書バリアフリーは切実である。大学においても増加傾向にある。
・ その多くは発達障害が疑われるケースであり、特に限局性学習症(ディスレクシア等)は読み書きに困難が生じ、学びのつまずきを感じやすい。図書館はこれらの状況を十分に認識し、どのようにサポートできるのかを検討する必要がある。
(3) 主な環境整備の例
○研修を通しての職員の意識と理解の深化・共有
・ ハード面だけでなく、職員の存在が何よりも重要な「環境」。
○施設・設備
・ バリアフリートイレや階段のスロープなどはすでに設置率は高い。誘導チャイム(視覚障害者向け)や緊急時用点滅ランプ・モニター(聴覚障害者向け)などは低い。
・ 読書補助具の整備はぜひ取り組んでほしい(リーディングトラッカー、拡大鏡、書見台、コミュニケーションボード等)。手作りできることもある。
○アクセシブルな資料
・ 特定電子書籍(例:点字データ、音声DAISY、マルチメディアDAISY、テキストDAISY、テキストデータ)/点字図書/大活字本/LLブック/手話絵本/布の絵本 など
・ 大活字本やLLブックなどの市販されているアクセシブルな資料は、障害者のみならず誰でも利用可能。こうしたものから充実させるのも一案。
○全国の公共図書館における主な資料の所蔵状況
・ 市販されている資料の所蔵率は高い。
・ 一方、図書館で製作しなければならない資料の所蔵率は低い。だが、国会図書館やサピエ図書館のサービスに入れば、自館で所蔵しなくても提供できる。これからはむしろこうした共用サービスをうまく活用することが重要になるだろう。
○アクセシブルな資料を埋もれさせずにアクセスしやすくする工夫
・ りんごの棚:様々な形態のアクセシブルな資料を一つの棚にまとめて紹介する。
・ 文字・活字文化推進機構が図書館向けに「読書バリアフリー体験セット」の貸出しを始めている(2023年12月~)。セットには、アクセシブルな資料のほか、読書補助具も含まれている。送料も財団が負担。これらを用いて展示してみるというのも一つの方法である。多くの人に存在を知ってもらえれば、必要な人に口コミで届くということもある。
○主な合理的配慮とそれを支えるサービスの例(抜粋)
・ 対面朗読
取り組んでいても利用がないという声をよく聞くが、そもそも図書館が対面朗読サービスを実施していることを知らない人の方が圧倒的多数。ニーズがないとか、やっても無駄だと考える前に、自分たちがどれだけ広報して、取り組んでいることが必要とする人に認知されているかを点検してみることが必要。
専用の部屋はなくても、他の利用者に朗読内容を聞かれないようなスペースをうまく見つければ対応できる。
音訳者の確保が大変だが、社会福祉協議会などと連携することも可能ではないだろうか。
コロナ禍以降は、Zoom等を用いて遠隔で対応している館も増えている。
・ 郵送、宅配サービス:
宅配の担い手は、図書館員や市民ボランティアが主流だが、市の商工会議所と連携している事例もある。もともとその商工会議所では、買い物難民対策として市内の商店街の注文の品を無料でお届けするサービスがあり、そこに図書館が目を付けた。商工会議所としても、図書館が利用してくれれば、そのサービスの信頼度が高まるため利点があると判断した。
この事例の商工会議所のほかにも、図書館と連携してみたい団体、企業等は各地域にあるはず。探してみてはいかがだろうか。
○積極的な広報
・ 地元の眼科クリニックと連携している図書館もある。待合室にDAISYの再生機やアクセシブルな資料などを展示したり、眼科医や訓練士が患者に図書館のサービスを紹介する仕組みを構築したりしている。見えづらさのために眼科に通っている人が図書館による読書バリアフリーのサービスを必要としている可能性は高く、効果的である。なお、展示品は地元のロータリークラブの寄附による。
(4) まとめ
・ SDGsの原則「誰一人取り残さない」は読書にこそ当てはまる。それを支えるのは図書館である。計画的・継続的に取り組んでいけるとよい。
・ 今取り組んでいることを多くの人に知ってもらうことが大切で、眼科クリニックとの連携などによるアウトリーチ型の広報は有効である。さまざまな面で地域の機関・団体等と連携することが大切である。
2. 質疑応答
Q1:市内の盲学校、聾学校に図書館としてどのようなアプローチでの支援が考えられるか。(現在、聾学校に対しては団体貸出などのサービスを行っている。盲学校には特には行っていない)
→A1:盲学校は学校としてサピエ図書館に登録している可能性があるので団体貸出しの希望がないのかもしれない。盲学校の生徒たちが卒業した後も読書とのつながりを持ち続けられることが重要なので、卒業後に(もちろん、在校中も)地域の図書館を活用してもらえるよう、生徒たちに実際に図書館に来てもらう機会をつくったり、図書館の方から盲学校に出向いてPRする機会をつくったりするなどしてみるのも一つの方法かもしれない。
Q2:読書バリアフリー法に基づき計画を策定するにあたり、市内の当事者団体を把握したい場合どのような方法があるか。
→A2:市町村の障害福祉関係の部局や社会福祉協議会などで把握している可能性があるのではないか。Webサイト等で情報発信されているとは限らない。まずは担当部局等に尋ねてみるとよいだろう。
3. 感想
図書館における読書バリアフリーに関する基礎知識を、具体的な事例やガイドラインを交えながら幅広く学ぶことができました。野口先生のお話にもあったように、「予算や人員に限りがある中では、計画的・段階的に取り組むしかな」く、各館が施設やアクセシブルな資料を個別に充実させるという方向性以外にも、他の機関との連携、共用サービスの活用など、有効・現実的な方法がたくさんあるのだとわかりました。すでに提供しているサービスを意識的に広報することを含め、今後の業務に活かしていければと思いました。