図書館は誰のものか?
2012年3月15日 13時50分 [管理者]
経緯
大学図書館を一般社会に開放するとは、どのような意味をもつのだろうか?
このことについては、大学の生き残りを賭けた 経営戦略の文脈で語られることが多い。大学間の 競争という市場化の流れの中で、社会との接点を いかに保ち、どれだけ多くの受験生や入学希望者 を集客できるのか、社会的地位や社会的評価をい かに高めるかという戦略である。社会人学生の受 け入れ、公開講座の実施と一体となった受講者の 図書館利用、あるいは政府が進めている生涯学習 政策の一端を担う機能を図書館が果たすというも のだ。どれもが前向きで明るい希望をもつ人々の 夢を実現する手段として図書館を機能させようと している。
では現実の社会はどうなのか。自己啓発や大学 進学、高等教育の享受というコースから外れてし まった人々の存在がある。年間3万人にも及ぶ中 高年の自殺者、不登校、長引く不況と失業、ホー ムレスの群れ、激増する犯罪と犯人、そして被害 者たちの存在。これも一方の事実なのだ。
図書館の利用者は、さまざまな意味で、社会的 弱者には属さない人々が多い。時間的余裕があり、 モチベーションをもつ人々なのだ。いわば、もて る人々である。しかし、図書館はそのような存在 でいいのか。図書館が提供する資料を切実に必要 としているのは社会的弱者ともいえる人々ではな いのか。大学図書館は従来、各種の図書館のなか でも大学という特別な壁に守られた排他的な存在 だった。その大学図書館を、一般の人々に開放す るということはこれまで扉を閉ざしてきた社会的 弱者に新たな希望を提供する機会ではないのか。
一般開放に向けて検討を始めるにあたっては、 このような葛藤からスタートし、ともかくもこ の制度を発足させた。そして、一般公開を実施している大学図書館60館にアンケートを送り調査 (2002年6月)した。
現状
本学では以前から一般開放を行ってきた。
しかし実態は、利用受付にあたって研究テーマをもつ方に限定する等、様々なハードルを設けてお おり、きわめて消極的な内容だった。一般市民への開放ではなく、「特別な市民」への開放だったのである。館外貸出も実施していなかった。また、アンケートの調査結果からも、本学図書館の開放度がいかに低いか明確になった。
図書館に頻繁に通う時間的余裕のない人々こそ、 公開の対象とする意義は大きいと思われた。その ためには館外貸出を前提条件とし、利用者の種類 ごとの利用条件について検討を進めることにした。
館外貸出、自動入退館システム、このどちらに も磁気カードが必要になる。そこで思い切って有 料化に踏み切ることにした。高校生と本学関係者 (C会員)については館外貸出を含む利用につい て、カード発行手数料(年額五百円)を徴収する ことにし、一般の社会人については館内利用のみ の場合(A会員)はカード発行手数料を、館外貸 出を希望する場合(B会員)は登録手数料(年額 五千円)を徴収することにしたのである。
有料化については、問題がともなうことを予想 した。これまで無料で利用してきた人々が、有料 という理由から利用をやめるという危惧である。 もうひとつは、短期間あるいはわずか一日だけと いう利用者への対応である。公開講座の受講者、 単発的な調べものがあって図書館を利用するとい った人々は、一年間有効の会員制度にはどうして もなじまない。そこで、このような利用のために ビジター制度を設けた。図書館入口の受付カウン ターにて身元を明らかにする書類を提示し、簡単 な手続きをすれば館内利用を認めることにしたの である。ただし、この場合は利用カードは発行せ ず、館外貸出も行わないことにした。
こうして、利用者の種類に応じた磁気カードを 準備し、コンピュータシステム上での利用者区分 を設定して、本年4月からスタートした。
4月から7月までの3カ月間の登録者数を昨年 と比較してみた。全体では約8%増で、一般市民 (A、B会員)は55%増、本学関係者が25%減という状況である。20歳以上の社会人(他大学学生等は対象外)であれば、特に資格を問わず利用申請を受付け、館外貸出を行うという本制度は、この数値からみて一応の評価を得られているのではないだろうか。
展望
本学図書館は日曜、祝祭日も6時まで開館している。一般市民の利用者のうちでも会社勤務者は、毎日曜同じ席で熱心に資料と向き合っている姿を見かける。休日であるにもかかわらず、真剣に読書に取り組む社会人の姿は、少なからず学生に影響を与えることになるのではないか。その直接的な効果ではないだろうが、休日開館日の利用者数が昨年より30%も増加している。
また、高等学校から総合学習における資料調査 のために図書館を利用したいとの依頼もあり、場 合によっては特別な対応も考えている。
資料は万人のための知的遺産であり、図書館はその理念を忘れてはならない。
<神奈川大学図書館 高橋 則雄>