協会報(~239号)

あれは研修会ではなかった

2012年3月19日 11時38分 [管理者]
あれは研修会ではなかった
  関東学院大学図書館 高梨 章

 例えば、私立大学図書館協会東地区部会では、毎年、2度、研修会を開催している。今年度第1回のテーマは、「大学図書館員に今、何が求められているか?」であり、標記テーマによる基調講演の後、大学図書館における新たな情報サービスとそれを支える基盤、書店の役割、大学図書館の仕事・組織・職員、利用者志向の図書館サービス、「ひと」の育成、海外派遣研修の図書館国際プログラム等々の講演及び図書館見学が2日間でなされている。
 近年の研修テーマを列記してみよう。「目録の現状と課題」、「図書館協力の今」、「私大図書館とアウトソーシング」、「国際化の中の大学図書館」といったところである。
 研修会に似た言葉として、講習会、研究会、学習会、勉強会等々いろいろあるが、いまや研修の時代である。図書館ばかりではない。個々の大学内においても、職員研修会は活発になされている。
 広辞苑で研修をひもといてみると、 ①学問や技芸などをみがきおさめること ②現職教育 とある。つまり、現職教育が花ざかりということなのだが、どうして?
 まずは世の中の移り変わりの激動、不安定さがあげられよう。仕事上の学び事のサイクルが短くなったのである。絶えず、新しいことを習得しなければいけない。スキルアップ。ステップアップ。学習(アップ)学習(アップ)。老人にやさしい時代ではなくなった。現代人は難しい顔をして足早に歩く。
 それから、人事異動。図書館も聖域ではなくなり、人の出入り(派遣等も含めて)が多くなったことも研修を多くする因となっている。
 みんなみんな学ぶ人となって、研究会は廃れ、研修会は花ざかりとなった。私立大学図書館協会東地区研究部では、各種(レファレンス、逐次刊行物、パブリックサービス、メタデータ等々)の研究分科会(2年サイクル)が開催されているが、いくつかを除いて、参加者は激減している。受身の姿勢の者に、研究なんてなじむわけもない。
 研修会、研究会と振り返ってみると、私の場合、どうしてもレファレンス研究分科会の話となる。
 私の職場で、レファレンスなんて、教える人はいなかった。月に一度の研究会、年に一度の合宿、ここで私は鍛えられ、多くのことを学び、たくさ
んの人材、友を得た。
 そのころは、多くの先輩方がいた。英語文献の輪読と、個々人の研究発表の2本立てで月々の研究会はまわされた。
 レファレンスは経験、蓄積が大切、マニュアル化はできにくいといわれる。つい、こんな主題にはこんな資料、この資料の使い方は、特色は、欠点はという学習になりがちである。暗記、記憶だけが勝負となれば話はきつい。
 そんな中でも、ベテランの図書館員が半ば無意識に行っている探索パターンというものがあるはずだ。記憶もれのツールにも到達するには、図書館という記憶装置、NDCの特性を活用することだ(こう書くと当たり前の話のようだが)。
 プロセスを図表化すること。可能性(NDC)を全て表にすること。そして、自分の図書館での蔵書を踏まえてどこから手をつけるか考えること。見つからなければ表にもどり、別ルートから行くこと、あるいは上位分類をあたること。等々。
 書誌の見方もそこで学んだ。書誌の3要素(言語または出版地/主題/年代)。それは選書にも役立つことだった。レファレンス・サービスを支えるのは選書だよ。そしてレファレンス・インタビューの大切さ。
まさに、研究分科会は、図書館界における私の恩師だった。昔は研究分科会にたくさんのベテランが参加していた。私は、そこに10年近くおじゃました。今は、みんな2年くらいしか参加しない(できない)。
 私の参加したもの、あれは研修会ではなかった。そのころ、読んで、自身、決意したことがある。その触媒となった文章を最後に置いておこう。
「大蔵省へ入って間もない頃、新入生の研修があった。元次官の長沼弘毅氏が見えられて、シャーロック・ホームズをはじめ、探偵小説と、トリックの系譜について丹念な解説をされた。これは教養講話としても抜群のものであったが、そのとき、氏の言われたことが特に記憶に残っている。『本を読むなら徹底して読め。大蔵省に入っても、仕事以外のことで本が書ける位に、人間の幅を拡げて趣味を追究せよ。そうすれば、仕事などは一人でに出来る。仕事のことで本などは書くな。私は書いたことがない。』」(川崎昭典『わぎも・やぽにか』昭51)。