協会報(~239号)

勇退にあたって/30年前のことなど

2012年3月19日 16時14分 [管理者]
30年前のことなど…

 川崎市立中原図書館長 西野一夫
 
 30年も前のことです。区役所の課税係から心ならずも図書館に異動してきた私。「心ならずも」とは民俗系の学芸員が活躍する職場を希望して教育委員会へ異動したはずの私は、運命のいたずらから、たまたま図書館に配属されたのです。
なれない庶務や経理の仕事を2年ほどした後、館外奉仕担当をおおせつかりました。区内に6箇所ある配本所に本館の公開書架から本を抜き、公用車をくって定期的に入れ替えをするのが私の任務です。
今から思うと、これは実に大変な仕事でありました。一回の入れ替えが約500冊、3ヵ月ごとの入れ替えで、入れ替え用の本にいちいち手書きのスリップを挟んで、配本所で貸出がしやすいようにしなくてはなりません。返って来た本は書名ごとに並べ、元の本館用のスリップと入れ替えるという気の遠くなるような作業を延々と繰り返すのです。

 くじけそうになる私の気持ちを支えてくれたのが、入れ替えのときお手伝いをしてくださる地元のボランティアの方や子どもたちとの交流でした。子どもたちが好きな本は、いつも貸出しに出てなかなか戻ってはきません。もうそろそろ本館にもどそうかと思って、引き抜こうとするといつの間にか同じ本が配本所のロッカーに戻されているのです。そうまでして、気に入った本が返されてしまうのを、やめさせようとするのですね。
自分の選んだ本が、こんなにも多くの人たちに愛されているのを知った喜びは何物にも変えがたい感動を私に与えてくれました。

 あれから、30年近くの歳月が流れました。
配本所はやがて自動車文庫のポイントに、そしてある所は当時夢にまで見た分館へと変わっていきました。全市で3館しかなかった図書館は、分館を含め13館にもなっています。それでも図書館が足りないという市民からの要望は引きもきれません。
考えてみれば、10年前まではとても無理かもとあきらめかけていた真鶴町につづき、寒川町にも今はとても立派な図書館ができているのですよね。

 あの時、心ならずも図書館に赴任した図書館員は市民とその子どもたちのおかげで、その後図書館が自分に与えられた生涯の職場となるようにいつも願いながら生き、幸運にも30年間思う存分図書館で仕事をすることができました。
私のあとの人生は、その恩返しをするための旅だちにしたいと思っています。限りある命を最後の最後まで燃やし続けられればと、ねがいつつ・・・・。